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まずベッドの上を片付ける

切迫早産からの育児ブログ(に、する予定)。旦那と怒涛の三人暮らしライフ。

思い出はどこにしまうべきか

いつもいつも、過ぎてから気づく。

エコー写真のアルバムも産まれてしばらく経ってから作りはじめた。
母子手帳もだいたい3か月遅れで記入している。
もちろん初めてのつわりや胎動、はいはいやつかまり立ちの正確な日付なんて覚えていない。

そしていつも、ちゃんと記入しとけばよかったなって思う。

今日の夜、ミルク無理強いすることをやめた。もし泣きわめいたら母乳やろうか、くらいの感じで見ていたらわりとすんなりマグマグでミルクを飲んでくれた。

もう嬉しくてありがとうってたくさん言った。
結局夜の授乳はせずに、このまま朝のみの授乳に持ち越そう。
そう思って、ふと、今までの授乳ペースを思い出した。
ふたり目が産まれたら参考にしようと思い母子手帳に記入しようとして、はた、と筆が止まる。

あんまり、覚えていない。

だいたいは覚えている。
いつから完母なって、何時間おきに飲ませたか、いつから離乳食を開始して、いつから2回食に、と。
忘れないうちに母子手帳にすべて記入した。
でも結構忘れている。
最初のころは本当にいっぱいいっぱいで子供の可愛さに気が付かなかった。
私は元々写真に残すタイプではないから子供の写真があんまりない。
ああ、なんかもったいないことしてるのかな、とも思った。

そういえば漫画やCDとかもあまり持ってない。収集癖が殆どないからだ。

今からでも遅くないかな。子供の成長を母子手帳につらつら書いていこう。
初めて言葉を話した日、初めて歩いた日、楽しみになる。

今妊娠中の人がいたら聞いてほしい。
私のように収集癖がなく、あまり写真も撮らないような人間が、母子手帳はしっかり書いた方がいいといまさらながら気づいたんです。

子供が産まれてぜったいいっぱいいっぱいなるけど、母子手帳だけはしっかり書いたほうがいい。
二人目の育児の指針になるしね。

まあ二人目が同じように成長するとは限らないけれど、ぜったい役に立ちそうだから。

子供嫌いの私がこんなに自分の子供をいとしいと思えるなんて知らなかった。
すごいなあ。
Instagramに載せたりはしないけど、とってもかわいい。

多分、承認欲求があまりないのかわからないけど、InstagramをはじめSNSに個人情報を載せたくない。
結婚してることも子供がいることもツイッターに書いていないし。
うちの子はかわいいけど、一般受けしないから載せないのに近いと思う。
あと、ミステリアスに見られたいからあまり載せないようにしてる。

こんな厨二でも母親やってます。
みなさん頑張りましょう。

夢の断乳生活

4月から保育園に入れるにあたって


生まれたときからだいたい3〜4時間おきに授乳していた。

だいたい4〜5か月くらいまでだったと思う。

ある日いきなり夜起きなくなって、その日から夜起きて泣いても抱っこで寝かしつけた。


離乳食が始まってだんだん離乳食後の授乳がなくなってきた。

朝6時起床授乳→10時→13時→16時→18時風呂からの授乳して寝かしつけ。


3回食になって6時起床授乳→7時半→11時半→15時おやつ→18時→18時半風呂からの授乳して寝かしつけになった。


そろそろ断乳にむけて取り組むためにまずは朝晩の授乳の前にミルクをマグマグであげることにしましてね


朝起きて、少し泣くけどわりとすんなりマグマグでミルクを飲む。その後両乳3分ずつ授乳。

今日は120飲んだから明日はもっと増やせそう。


昼間、マグマグで麦茶、食事の時はコップで麦茶。


夜、お風呂上がってからだった。

飲まない。マグマグ断固拒否。

哺乳瓶に移し替えてもコップに入れても大泣きで断固拒否。


結局両乳3分ずつ上げて断念。寝かしつけました。


何しても大泣き。

どうしよう、明日からマグマグ嫌いになってお茶すら飲まなくなったらどうしよう。。。


お風呂上がって大泣きだしお茶もミルクも飲もうとしなくてこっちが泣きそうだった。


でもって、こっちが諦めて哺乳瓶やらマグマグやらを片付けにキッチンに向かったらね、ハイハイしてこっちにきたの。


あんなに泣かせたのにこっちにくるの。

お母さん、あんたのこと、あんなに泣かせておっぱいさえあげてないのに、どうしてこっちに来てくれるの?


そのとき、実母に言われた「怒られてもあんたがいいんだね」という言葉を思い出した。


実家に帰っているとき、夜にいきなり泣き出して、なにしても泣きやまなくて、こっちが真夜中に叫びだして別室にいた両親がすっ飛んできた。

私は赤ちゃんと強制的に離され実母が赤ちゃんを抱いて部屋を移動しようとしたとき、赤ちゃんは私に来ようと手を伸ばして泣いたのだ。


そこで実母が、そう言ったのだ。

怒られてもあんたがいいんだね


おっぱいもあげないし、泣く我が子に無理やりマグマグ突っ込んでミルクで溺れさせようとしたり、おむつ替えで寝返りを打とうとする我が子を無理やり押さえつけて頭をぶつけたり、うんちが肌着についてしまいイライラして真冬の寒い部屋に上半身裸にして肌着を取りにいったりやや虐待じみたことしているのに


こっちにきて抱っこしてほしそうに見てくるの。

私はそこでボロボロ泣きながら我が子を抱きしめた。 

ごめんね、ごめんね、って抱きしめた。


母親になる資格がなかったのかもしれない。


でも夜だけ授乳してもいいかなって思ってしまった。

どうしようかなあ。

本当は朝だけ母乳に持ち込みたかったけど、朝はすんなりミルク飲んでくれたしなあ。

ただ、明日はどうなるかわからないけど。

育児って難しいなあ。


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おれはテレビが嫌いなんじゃない

おれはテレビが嫌いなんじゃない


昔々、学生時代は超テレビっ子だった。

だいたいの深夜番組は把握していて1時とか2時まで起きているような子供だったのに


就職してから忙しくなって朝は5時起き、帰宅は10時過ぎのような毎日でだんだんテレビから遠ざかり今ではすっかり見なくなった。


でも、テレビが、嫌いなんじゃないのよ


自分でもよくわからないんだけど


NHKは好き

水曜どうでしょうとか和風総本家も好き

地方のローカルだけど、あらあらかしことかにじいろジーンとかそういうのもわりと好き


バイキングとか、あとなんだっけ、お昼の番組はグレー


ロンハーとかゴッドタンとかは悪いけど苦手

ああいう「おもしろいでしょ?おもしろいでしょ?」とか、企画によるけど「アタシエロいでしょ?エロいでしょ?とりまエロいでしょ?」みたいなゴリ押しが不快(なんだと思う)


ここ、自分でもよくわからないんだけど、多分「自分の方か○○だな」という自尊心が強いんだと思う。


ゴッドタンを例に出すと、誰が最もエロいかみたいな企画あるけどそんなのチャチすぎる。テレビだから抑えてんのかもしれないけど、お嬢様のロイヤルおまんこにホームレスの汚いおちんぽミルクで妊娠確定〜!!!!!!くらい言ってほしい。


同居人がテレビ好きで基本的にいつもテレビがついているし、録画の容量いっぱいまで録画貯めて、しかも多分半分以上見てないんだけど、まじで無駄だし意味がわからない。



愚痴になっちゃった。

今回はテレビが嫌いってだけの話。

子供は隣ですやすや寝てる。


つーかこんなブログでも見てくれている人がいるのね、ありがとうございます。





キラキラダイヤモンド 輝く星のように

切迫流産、切迫早産を経験した人は子供に対して普通のお母さん達とはまた違う感情を持っている。


そりゃあそうだよね。自宅安静または入院中なんてどこにも出歩けないしいいとこ病棟内を散歩するくらいだし下手したら排泄すらベッドの上でするような生活になる。

そんな暇すぎる生活だから考えることといえば胎動だとか、子宮頸管の長さとか、次のエコーのこととか四六時中お腹にいる赤ちゃんのことばかりになる。

あ、あと食事。

普通に暮らしている妊婦さんより寝てばかりだからか胎動をめちゃくちゃ感じるし毎日NST着けたり胎児の心音聞いたりとお腹にいる赤ちゃんとの繋がりが強くなるんだよね。

だから切迫やった人は夜泣きされても何されても虐待に走らないとか。

あんな辛い入院生活を共に戦った相棒だから無事に生きて元気に産まれてきた時の感動といったらない。


妊娠初期はまだ籍を入れてなかったからどちらの籍に入るかで血で血を洗うような騒動があったり、妹の風俗バイトの件やらでストレスマックスだったし

中期は比較的安泰かと思いきやストイックな食事制限とストイックな運動でストレスマックスだったし

後期は丸々入院生活だったし

臨月に入って一安心したら36w2dで出てきたから、たまひよとか同級生のインスタグラムみたいなキラキラマタニティライフではなかったからか産まれてきた我が子のかわいさったらない。

最初のうちこそ後陣痛やら腰の痛み、猛烈爆裂な乳の張り、縫合部の痛み、乳首の痛み…と続いたが屁でもない(乳の張りだけはきつい。陣痛よりヤバイ


だからね、ちょっとした辛さなんか気にもならないの。

仕事柄夜勤があって夜は2時間とか3時間の細切れ睡眠に慣れているから寝不足感は感じないし

そのせいかしっかり母乳は出てるから生後1ヶ月を目前にして完母になった。

最近夜泣き?というか背中スイッチが発動してきたけど布団に置くときに抱っこした体制で胸やお腹をひっつけたまま横になり完全に寝た頃に離れるようにしたら楽勝だった。


ギャンギャン泣いてるとき、最初はむかついたしなにこいつって思ったけど

長かった入院生活や無事に産まれてきてくれたときの感動、そして一番は保育器ですやすや眠るあの姿を思い出すと、不安で仕方ないんだろうなあとかわいそうになって涙が出てくる。


10ヶ月間暗くてあったかいお腹の中をぷかぷかしていたのにいきなり違う世界に放り出されてしまったらそりゃあ不安で不安で仕方ないだろう。

私自身寂しがりやだからよく旦那に抱っこしてもらうからか不安で不安で仕方ない時の抱っこの素晴らしさはよぉくわかる。

だから今日もおむつ替えやら授乳やらに奮闘します。

おちびちゃん産まれてきてくれてありがとう。

それから10ヶ月 朝から晩まで二人きり

初めて貴方と出会ったのは メカばかりの小さな内診室
エコー越しの貴方の心臓は ピコピコ脈打っていた

それから10ヶ月 朝から晩まで二人きり
ストレスまみれで生きるこんな私に貴方はしがみついていてくれた

ごめんね 無理ばかりしていて 私はダメな母親ね
割り切って生活すれば良かったのに 貴方を危機に晒していた

ごめんね 病棟から出られないの 私はダメな母親ね
春の菜の花や桜の匂いを 貴方に嗅がせられない

でも伝えたいの この気持ち
‘出会ってくれてホントにありがとう…’


貴方の危機に気づいたのは 26週の検診の日
救急車で緊急搬送 貴方を助けたいの

そこから2ヶ月半 病院のベッドの上
繋がれたリトドリンの点滴に 貴方の命がかかってた

そうよね 無茶してはいけなかった 私はダメな母親ね
どんなに貴方が恋しくても 陣痛が来たら終わり

ごめんね 私に夢を見させて 私はダメな母親ね
貴方との生活を どうしても外で体験したいのよ

でも言わせてね これだけは
‘無事に産まれてきてくれてホントにありがとう…’




今回はRAINBOW GIRL(ニュース速報(VIP)のパートスレ「作曲できる奴ちょっとこい」(以下"作曲スレ")で制作された曲)のパロでした。 
ニコニコ大百科(仮)より引用

順調と思われた妊娠生活から突然の入院生活。
育児と入院生活辛いのは入院生活だった。

乳の張りの痛みと入院生活だったらめちゃくちゃ悩んで辛いのは乳の痛みだけどね。


今は無事に産まれてきて良かった。
36w2dでもNICUに入らず保育器に一日入っただけで済んだ。

ありがとう。
無事に産まれてきてくれてありがとう。

プライドは低いけど自尊心は高いlunatic mother

子供が産まれました。


長かった入院生活はいきなり終わりを告げ、自宅に帰ってきた5月24日。
退院のときはずっと食べたかったミスタードーナツ、ではなくタリーズのドーナツを勢い良く6つ完食後、シュークリーム2つ、ベビーチーズ8つ、おはぎ等々完食。満足する。

それからわりといろんなものを食べていた。 
運命の日が近づく。


5月28日
午前中、朝から洗濯をしアイロンがけをする。
午後4時頃、妹とラインをする。
午後6時頃、母がアパートへ到着。

母は元々今日来る予定だった。本当に偶然だった。 
午後6時半頃、尿漏れ?がある。
パンツを履き替えて出かけようとするもまた尿漏れ?がある。
不安になり産院に電話をして来てくれと言われる。

しかしどうせ尿漏れだろうと高をくくって向かう。

病院にたどり着く。ここから時間がわからなくなる。

病院に着いて内診台に上がるとき、もう完全に破水と分かる。股からジャバジャバ流れる水。

パンツを脱ぐとどろりとしたゼリー状のおりものに血がついている。

完全におしるしですどうもありがとうございました。

破水し子宮口が開いてきたため点滴を打つ。二ヶ月半点滴していて4日ぶりのこの感覚。また点滴。あなたからは逃れられないのね。


病室に入り子宮口が開くのを待つ。
最初はまだ余裕でセブンドーナツとロールケーキを貪るがだんだん痛みが増してくる。
大抵はうんこがしたくなるというかきばりたくなるらしいがいっさい無かった。

きばりたくなる、ではなくひたすら腰が痛い。
生理痛マックスになった気分。
旦那の手を握りしめてひたすら痛みに耐える。

しばらくして助産師さん登場。
子宮口が4センチまで開いたので分娩室へGOサイン。
噂通り自分で歩いて行く。まあ耐えられる。


分娩台へ上がる。ここらへんで子宮口全開。
いそいそと足袋(あしふくろ)を履かされ台に足乗っけてカエルみたいになる。
導尿までされたが思ったほど痛くなかったがそれなりに痛かった。

現在36週に入ったばかりだったからバースプランなど決めてなかったため土壇場になってなんだかんだで立ち会うことになった旦那にもエプロンみたいなやつを着せられる。

ここらへんで今まで出したことない声が出る。
野生に戻った気分だ。

いきんでいいと言われる。
しかし元々いきみたさは無いため迷いながら力を入れるが力を入れる場所がよく分からず前半は全く意味が無かった。

声ばかり出る。声は出さずに目を開けて自分のへそを見る。分かってはいるが声が出るほど痛い!!!!!!!

「鼻から吸って口から出す!!!!!!」
旦那にも助産師さんにも言われる。

お腹につけていたNST。今まで心音が聞こえていたがエラー音のようなポーン↑ポーン↓という音に変わったのが分かった。

血相を変える助産師さん。
「赤ちゃんに酸素をあげるよ!鼻から吸って口から出す!!」
酸素マスクをつけられる。やばいと感じる。

なんとかふんばろうとするがまあ難しい。途中で足を投げ出して休憩したりしているときにやっと医者の先生登場。え?し、私服…?

それからなんとかいきみのコツをつかむ。
そして何回かのいきみでやっと例のうんこを出したい感を感じ、いきんだ瞬間「いきまないで!ハッハッハッて呼吸して!!!」

やっと出てきたと分かった。これに切り替わったってことは頭が出たんだと気づく。


泣き声は聞こえなかった(と、思う)
「おめでとうございます。男の子だよ」
痛みでも泣かなかったけどここで初めて泣いた。
無事に産まれてきてくれたって思ったら感情がごちゃごちゃになった。

それからが辛かった。胎盤を出すのに時間がかかりむりやり出されたり内診の時みたいなやつを膣内に入れられたり会陰切開したとこをチクチク縫ったりそっちの方が痛かった。

麻酔の注射が痛いし縫って糸がスルーと体内を駆け巡るのがわかる。
なんか気持ち悪いし痛いし。

それから分娩台の上で2時間休憩。
旦那と二人でしばし語るが途中で寝てしまった。

その後は自力でトイレに向かう。もう、導尿はしたくない。
車いすで病室に向かいゆっくり休む。
日付は変わり夜中の一時過ぎ。

怒涛の一日が終わり、始まった瞬間だった。



それから後陣痛に悩まされ、終わったと思いきや腰痛、その後乳房の強力な張りからの噂の助産師さんによるおっぱいマッサージ(痛くて泣いた)、程なくして会陰切開の痛み(溶ける糸らしい)に悩まされる。

産後のほうが痛い。
出産は痛いより辛い。痛いのは産後だった。

産後の詳しい辛さは別の機会に。
今回は出産のおはなし。

無事にうまれてきてくれてありがとう。
36w2d、2016/5/28~

入院(ラブ)ストーリーは突然に 38th

タイトルに間違いがありました。

退院(ラブ)ストーリーは突然に、でした。
2ヶ月半の入院生活、いきなり終わりました。

もともと36週で退院の予定だったのが経過も良いため35週4日の時点で点滴を外してみましょう。
大丈夫そうなら次の日あたり退院ね、と言われていた。

点滴を外し、多少張り返しがあったものの陣痛には繋がらず。

次の日、NSTでも目立つ張りはない。退院診察の頸管長チェックも2.6センチだから大丈夫でしょう、とのことで無事に退院の運びとなった。

退院の宣告は同室の人との雑談中に宣告された。
同室の人にはたいそううらやましがられたが不安がひとつ。

野良妊婦期間があるのでは?ということだ。

大学病院を出てから元の産院に帰るわけだが、元の産院は36週からの受け入れになる。

しかし退院の時点でまだ35週と5日。
もし、退院して36週になる前になにかあったときにどうすればいいの?大学病院まで来なきゃあかんの?遠くない?

大学病院の主治医が元の産院に聞いてくれたところ、それくらいの週数であればこっちの元の産院で面倒を見ますとのことで安心して退院にこぎつけた。


退院の時、タクシーで一人で帰るつもりだったが急遽お父さんが来てくれた。
しかもおじいちゃんとおばあちゃんも一緒だ。

最初は嫌だった。
大人数で来られるのあんま好きじゃないから。

だから最初は冷たくあたってしまった。
会計の時も無愛想にしてしまった。

車の中でお父さんに買ってもらったドーナツをかじりながら道がわからないお父さんと軽く喧嘩になったりもした。

でもお父さんもおじいちゃんもおばあちゃんも怒らずわがままを聞いてくれた。
アパート近くのスーパーで食材まで買ってくれた。

3人が私をアパートに送り帰るときも私はスーパーで買ってきたドーナツにかぶりついていた。

本当に馬鹿だ。

その夜、ニュースで被曝した方の特集をやっていた。
高齢のおばあちゃんが被曝し亡くなった家族や知り合いに会いたいと話しているのを見て涙が止まらなくなった。

退院早々旦那に泣いているところを見せたくなかったからトイレに逃げて泣いた。
そして今日の自分の行動を恥じた。

せっかく遠方から来てくれた家族をないがしろにしてしまった自分。
嫁に出してもなお、大事にしてくれるかけがえのない家族がいる幸せを、その時に知った。

冷たく、無愛想にしてごめんね。

ただでさえ嫁に出して、全然実家に帰らずにいて、いきなり入院したと聞かされてびっくりしてただろう。

たくさん心配をかけた。

人はいつどうなるかわからない。
会えるうちにいっぱい会って感謝を伝えなければと思った。

明日はまたお父さんが来てくれる。
検診やら職場やらに行かなくてはならないからだ。
その時に、そのまま実家に帰ろうと思う。
帰りはアパートの道筋をお母さんに教えながら送ってもらえばいい。

今からおばあちゃんに電話しよう。
おいしいお菓子を買って帰って顔を見なくては。



なにあともあれ、無事に退院できて良かった。
おちびちゃんもお腹にいる。
37週まで、お腹でゆっくりしてね。
それ以降なら、産まれてきていいよ。
ママはおちびちゃんに会えるのとっても楽しみにしているからね。