まずベッドの上を片付ける

切迫早産からの育児ブログ(に、する予定)。旦那と怒涛の三人暮らしライフ。

媚びると優しさ

私は優しさを媚びると混在しているふしがある。

昔、今の職場の前の職場で働いているとき、窓口対応をしていた。業務はとても難しいものではなかったけれど私はしやりがいを見出す事ができなかったし何より精神的に辛かった。まあ私が脆くて弱かっただけかもしれないが。

やりがい、について私はこの会社に強い憧れを持っていた。なんの会社かは伏せる。しかしいざ入社してみると、全然うちの会社らしくない。確かに重要な業務だ窓口はお客様とのふれあいだしうちの会社の玄関だなんだ言われていたし、今思えば、ゆっくり過去を振り返ればかなり重要な業務な気がしてきた。

しかしまだ幼く、社会人一年目の私は青かった。
やりたくなかったのである。
うちの会社に強すぎる憧れを持っていたためうちの会社らしくないこんな業務をやりたくなかったのである。




そして、辛かった。
これに関しては大きく2つある。

一つ目はわりと好きだった女の先輩に嫌われていたこと。
私が入社してきてその部署に唯一居た紅一点。すごく優しくて仕事もできるわりと好きな女の先輩だった。
しかし、多分、今思えば私とよく似ていた。それが嫌だったんだろう。同族嫌悪なのかと思う。私はわりと男好きだし、テンションは高いし、似通っているところがたくさんある。躁鬱的な傾向も似ている(私は躁鬱では無いが彼女は本当に躁鬱だったかもしれない、会社の人談)。

プラス彼女は紅一点だったから若くていろんな人から物珍しさで話しかけられる私が邪魔だったのと、私ができないぶんの仕事を押し付けていたからな気がする。まあそれは彼女しかわからないが…


それでもうひとつ。これはタイトル通り、
私は媚びることと優しさを混同してしまう。

例えるなら、今、怖い顔、怖い声で自分を叱っていた母親が電話が鳴った瞬間ガラリと変わり気持ち悪い猫撫で声で電話に応対するときのあの嫌悪感。まさにそれである。

私は知り合いに、客に対して優しく対応する姿を見せるのがすごく恥ずかしいものだと思ってしまう。客に媚びへつらう(優しくする)姿がかっこ悪いと思ってしまう。
不良が赤ちゃんに対して優しくできないあの心理に近い。
今冷静に考えれば恥ずかしくないしむしろそうしなくてはいけないのに。なぜか知り合いに見られたくない、恥ずかしい、こんな弱い姿を見られたくない、恥ずかしい!!が先行してしまったのだろう。私は本当に子供だった。

すごく都合のいい考えかもしれないけど、この態度をだいっすき!な部長は見ていたから、この醜悪な態度のせいで客と揉めていたのを見ていたから、私を彼女候補として見ていなかったのかもしれないと思う。

うちの会社は窓口のすぐそばに喫煙室があった。だいっすき!な部長はよくそこに吸いに来ていた(私はナルシストだから私に会いに来てくれてたのかな?と本気で思っている)のでちょくちょく私の態度を見ていたんだと思う。

なんだかんだ言ってだいっすき!な部長は私を嫌いじゃないと思っている。多分私がナルシストで自意識過剰だから、ある種のストーカー気質だからそう思っているかもしれないけど。

すべて私の憶測に過ぎないけれど、今思えばほんっとうに私は子供だった。自分本意にいきましょうってラーメンズのネタであったけど自分本意にいき過ぎだった。都合よく解釈しすぎなとこある。ナルシストだから。

今は完全に客商売から離れたけどまた転勤という形で担当になるかもしれない。その時は、少し大人になって、一生懸命、恥ずかしさは多分消えないけど、頑張りたいと思いますのでどこかで見かけたら声をかけてください。コーヒーくらい、おごります。

広告を非表示にする